8月6日は62歳の誕生日・・・前日、百武さんのゲシュタルトワークで棚上げしていた自分にさようなら!

8月6日は広島の原爆記念日。同時に私の誕生日でもあります。

幼いころから、私の誕生日には

たくさんの人が無くなったんだ~

なんだかおめでたい日なのに、心から喜んじゃいけないって・・・・変な罪意識を持っていました。

SATを学び

ゲシュタルトを学び

過去に自分が取り込んでしまった 変なお荷物は ずいぶん外してきたつもりでした。


いつものゲシュタルトワークは お世話役に徹しているけど

今回の名古屋セミナーは

数年ぶりの受講者


なので

思い切って まな板の上に載ってみました。


テーマは 「やらなければいけない大事なこと」 が棚上げになっている 

あと一つ片付ければ終了するし、それをタイムリーにやり遂げなければ、意味のないものになってしまうのに

そこに止まっているのが変・・・・・それがなぜなのか見てみたい


そういって始まったワークでした。

次々に浮かんできたのは 

仕事の上でも、学生時代でもいつも
大切なもの、成し遂げたものを取られてしまったり、1番になることを譲ってきてしまった自分


たどり着いたのは幼稚園の赤ずきんちゃんの晴れ舞台

周りは主役だと喜んでいるのに

暗くなっている私

晴れの舞台に立ってはダメ

小学校の友と二人でやった自由研究で、たくさんアイデアを出し、頑張ってきたのに、褒められ、晴れの舞台に立ったのは友達

悔しいやら、悲しいやら・・・・でも何も言えない自分

生徒会の会長にみんなに押されても、「自分はダメ」と友を立て、私は応援に回り 表を稼いだり

高校の1年生から3年生まで、ずっとトップの成績を取っていても、卒業式で表彰されるのは自分じゃないと、最終学期の順位が2番になるようにわざとテストの点数を落としてたり・・・

晴れの舞台に立つことを無意識に譲ってきた私がいる


映画館で忙しかったり

父を早く亡くし、姉妹全部の面倒を見て忙しくしている母に 甘えられない私


幼いころから、私が私じゃない感覚だったり

私を見て! という感覚が・・・


百武さんから「舞台の上に立ってみて」と

座布団を舞台に見立て、その場に立ってみた

「なにを何を感じているの?」

全身が熱い

悲しい

色々な思いが頭を過ぎ去り、表出された

「両手がモワ~」とした感じから導き出されたのは

「自分を生きていないような感覚」

「本当は主役じゃなければ何でもいい」

「かわいいとか、似ているとか言ってほしくない。私は私…」といった瞬間

私が生まれる前に、早産で生まれ2週間後に死んでいった姉が浮かんできた

エンプティチェアで母や、亡くなった姉に見立てた座布団を並べ

言いたかったけど言えていない言葉を交わした

私から母に「死んだお姉ちゃんと重ねないで、私はお姉ちゃんでもないし、松島トモ子でもない。私を見て欲しい」

姉から私に「私は生まれたくても生まれなかった。あなたはいいよね。何でもやりたいことをやれて・・・。私はやれない」

私は「そういわれると重たい」



座布団の上に座る役者を周りのみんなから選んで配置した

母と亡くなった姉、父・・・


百武さんに導かれるまま ワークはどんどん進みました。

私は姉と向き合い

座布団の母は私を見ていない、死んだ初代姉さんの方を向いています。

私は「悲しい!!」


父は、学生たちや仕事の方を向いている。


「じゃあ、あなたが悲しいというのは、お姉さんの悲しみ?」と百武さん

いつも気を引いていて・・・でもそれは私じゃなくて、私の中の姉が、私に気付いてといっているのにある時SAT
を通して気づいていました。

百武先生から「あなたの言葉言ってみて」

「あなたは私のお姉さんです。でもあなたは死にました。」

姉は母に向かい

「お母さん、私はあなたの長女です。そしてわたしは死にました。ここにいるのは惠子です」

姉「もう悲しくはないです」

母は姉に向かい

「初代、あなたは私の長女です。そしてあなたは死にました。ここにいるのは惠子です。私もいずれあなたのそばに行きます。それまでは、しばらくここにいます。・・・・そして今は一緒にいます。」

母は私に向かい

「惠子ちゃん、生まれてくれてありがとう。そして悲しみのためにあなたのことがみれなかった。」

自然に母を引き寄せ、抱きしめて泣いた。

母が私をしっかり抱きしめ、背中をさすってくれた。

母の慈愛が全身に伝わってきて、心が癒されていった。

ありがとうございます。もう悲しくない。


百武さんから「お母さんは悲しみに浸っていて惠子さんを見ていない。母から亡くなった娘に言って」と促され

「初代、あなたは私の長女です。いずれあなたの世界に行きますそれまではもう少しここにいます。(母は死にました)そして今は一緒です。」

「お母さん、あなたはもう死にました。私もいずれそばに行きます。それまではこの世でもうしばらく生きていきます。」

「ほかになにかいいたいことは?」

「お母さんのように穏やかにこの世をされるよう、自分の好きなことをやって行きます。」


「これで終了していいですか?」・・・と

それぞれが、自分の役を降りますと宣言して、私のワークを終了しました。


・・・棚上げになっていた私のパターンに気付いた瞬間です。

お姉さんも救えなかったし、寂しいお母さん、忙しいお母さんも救えなかった、罪深い私がそこにあった。

そんな罪深い私が。晴れの舞台に立ってはいけない。

舞台に立てたいのはお姉ちゃん、母もそう思っているに違いないと思っていた。


「子どもは自分のせいでなくなった。お姉ちゃんの命を奪って自分が生まれたと認知してしまう。

家族全員が忙しさの中で、悲しみに十分に浸れなかった。

だからその悲しみを全部自分が引き受けてしまった。」…ということだそうです。


ゲシュタルト 

奥が深い!!


62歳の誕生日を前に

また一つ生まれ変わることができた私でした。

もちろん、今日を最後にしばらく夏休み突入!!

棚に上げておいた仕事、今夜から早速取り組みますよ!!


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この記事へのコメント

  • まるこ

    感動のストーリーをありがとうございます。
    私もまたゲシュタルトセミナー受けたいです。
    2012年08月09日 13:02
  • ykeiko

    まるこさん
    書き込みありがとう!

    是非、田尾けんしてください。
    2012年08月09日 21:55

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